【人生観】シンエヴァンゲリオンの完結で学ぶこと。そして

エヴァ

スマホからおすすめの記事で、共感できるものを見つけたので記事にしてみる。

今回のシンエヴァで【エヴァ】というコンテンツが終わりを迎えた。これは個人的に歴史に残る出来事であり、正直社会の教科書に載ってもいいレベルだと思うがきっとそうはならないだろう、残念ながら。

1995年から2021年までの約25年間、これほど長いコンテンツも他にない。アニメオタクという言葉がなかった頃から(昔はマニアと呼んでいた)アニメというジャンルの中でもその枠を超えて一つのコンテンツにまで昇華した。

数年前に、金曜ロードショーのCMでゲンドウの声優さんが「これはアニメではない、エヴァである」といった短い宣伝文句が自分にとって衝撃だった。

もはやアニメの中の1つの作品が、「アニメ」という枠を超えて「エヴァンゲリオン」という一つのコンテンツに成り上がったわけである。

アニメ、マンガでも歴史ある作品は多いがこれはとても異例なことだと思う。

25年、けっして短い年月ではない。紹介した記事にもある通り

エヴァをリアルタイムで追っていた人間のあるあるとして、何せ完結まで25年かかっているため、幼稚園ハト組からエヴァを嗜んでいたというエリート以外は少なくとも三十路越え、場合によっては初老になってしまっているのだ。

つまり、始まった時はシンジ君に近かった視点が終わる頃にはゲンドウ視点になっていたりするのだ。

まったくその通りで、25年もあったら結婚して子供が産まれて親になるぐらいの年月なわけで。まぁ結婚しない人も多いわけだが。

ただ結婚するしないに関わらず、歳をとると物語を楽しみにくくなってしまう現象が誰しもあるということだ。結婚に限らず子供が大人になったり、学生が社会人になったり、会社で立場が上がったり、人生いろいろだ。

フィクションが純粋に楽しめなくなっていく現象

自分自身でも感じているが、社会に出る前は好きだったものや楽しめていたことが段々薄れていく感覚がある。その感覚の説明が今まで難しかったのだが記事を読んでたら納得に行く文章があった。

このようにエヴァのみならず大人になると「この世の理」みたいなものを学んでしまうため、これはフィクションとわかっていても、現代の法や倫理に反する表現が素直に楽しめなくなってしまうのだ。

「この世の理」

確かに子供のころはこの世界がどうなっているか分からなかったし、大人になった今でも漠然としか分からないが、今まで生きた年月の分は他人と接して「常識」とか「当たり前」とかが身に沁みついてしまった。きっと「大人になる」ってそういうことなんだろう。

子供のころのキラキラした自由な発想はなくなってしまって。自分の生活とか仕事とか、いやでも「現実」に目を向けてしまうせいで「夢」からかけ離れてフィクションを楽しめなくなってしまうのではないかと。

変化のタイミングが訪れている

つまるところ、「そろそろ新しい事始めたら?」と運命に問われているわけである。かといって今まで自分の好きだった物を否定することなんて出来ず。逆にいままで疎遠してた物に興味を向けるのも難しい。

大人になった今、新しい事への挑戦とは「自分自身を変化させる」わけで上手くいかないわけなのである。しかしこのままでいいのかと言われるとそれもどうなのかと悩んでしまう。

「エヴァ」は出過ぎた杭である。この作品は良い意味でも悪い意味でも社会に影響を与えすぎた。完結したからといって決して風化しないだろう。

しかしエヴァを見てきた世代の1人としては、決して「終わり」ではなく区切りとして「始まり」なのかもしれない。

まーそのうち続劇とかいって続くかもしれないが。

コメント

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